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東京地方裁判所 昭和60年(特わ)1094号 判決 1985年8月16日

本籍

千葉県市川市市川南一丁目一七〇三番地

住居

東京都練馬区関町南四丁目六番一五―六〇一号

貸店舗業

佐藤祐一

昭和一六年七月五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官鹽野健彦、同櫻井浩出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

一  被告人を懲役一年及び罰金二〇〇〇万円に処する。

二  右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

三  この裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。

四  訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都新宿区歌舞伎町一丁目一八番一〇号において、ポルノショップ店「藤書房」を、同区歌舞伎町一丁目二六番三号において、ビデオテープリース店「プラスワン」を、同都武蔵野市吉祥寺本町一丁目一三番二号において、個室同伴喫茶店「メルヘン」を各営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、右三店の売上を除外して仮名預金を設定するなどの方法により所得を秘匿した上、昭和五七年分の実際総所得金額が一億一七一八万七六円あった(別紙(1)修正貸借対照表参照)のにかかわらず、同五八年三月一四日、東京都練馬区栄町二三番地所在の所轄練馬税務署において、同税務署長に対し、同五七年分の総所得金額が三六〇万円でこれに対する所得税額が二五万二六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和六〇年押第七五三号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同五七年分の正規の所得税額七一九九万五〇〇〇円と右申告税額との差額七一七四万二四〇〇円(別紙(2)ほ脱税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する昭和六〇年三月七日付、同月八日付、同月二〇日付、同年四月五日付(二通)、同月一〇日付、同月一一日付同月一二日付各供述調書

一  佐藤芳江の検察官に対する供述調書

一  収税官吏作成の次の各調査書

1  現金調査書

2  普通預金調査書

3  定期預金調査書

4  たな卸商品調査書

5  内装設備調査書

6  店舗保証金調査書

7  車両運搬具調査書

8  保証金調査書

9  前払費用調査書

10  貸付金調査書

11  買掛金調査書

12  銀行借入金調査書

13  未払費用調査書

14  預り金調査書

15  未払金調査書

16  事業主勘定調査書

17  預金利子(分離課税等)調査書

18  配当所得(少額配当)調査書

19  利子所得調査書

20  当座預金調査書

21  出資金調査書

22  医療費控除調査書

一  押収してある昭和五七年分所得税確定申告書等一袋(昭和六〇年押第七五三号の1)

(法令の適用)

一  罰条 所得税法二三八条一、二項

二  刑種の選択 懲役刑及び罰金刑の併科

三  労役場留置 刑法一八条

四  刑の執行猶予 刑法二五条一項

五  訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文

(量刑の事情)

本件は、ポルノショップ、ビデオテープリース店及び個室同伴喫茶店を営んでいた被告人が、昭和五七年分の所得税七一七四万二四〇〇円をほ脱した事案であって、その額が高額である点及びほ脱率が約九九・六五パーセントと非常に高い点で犯情悪質である。被告人は、高等学校を中退後、食肉店店員、ハム製造工場工員として働き、昭和四五年から食肉販売店を開店し、翌年には更に一店舗増やして食肉業を営んでいたが、同五三年、健康上の理由からこれを廃業して、同伴喫茶店の経営を始め、二店舗に増やしたのちそのうちの一店舗をポルノショップに改装し、同五七年一〇月からはビデオテープリース業をも営んでいたところ、同五六年一〇月ころから右ポルノショップで、いわゆる裏のビニ本を販売するようになってから、多額の現金収入を得るようになり、違法な商売であるのでまともに申告することもはばかられ、儲けられる時に金を貯めて家を持ちたいと考え、各店舗の会計帳簿類を全く備えず、売上の一部を除外して仮名定期預金をするなどして約一億二〇〇〇万円の裏金を蓄積し、所得の申告にあたっては、なんらの資料も用意せず判示のように所得を極めて過少に申告したもので、その手段は大胆かつ悪質であり、動機において特に酌むべき事情もない。加えて、被告人は、重加算税はもとより本税についても未だ完納していないこと、本件所得を得た手段の中心は、いわゆる裏のビニ本の販売であって、被告人はこれに関連して三回罰金刑に処せられていること等をも併せ考慮すると、被告人の刑事責任は重いと言わなければならない。

しかしながら他方、本件犯行においては、会計帳簿類を作成せず、売上の一部を仮名定期預金にしていたものの、これ以外にことさらに所得を隠蔽する手段を講じているわけではないこと、被告人は、本件が発覚するや、直ちにその非を認めて本件捜査に協力し、修正申告により本件昭和五七年分につき一億一〇〇〇万円余の納税義務を認め、これを納付すべく努力していること、もっとも被告人は、これまで本件の関係で約一九〇〇万円を納税したのみで、なお重加算税を含めて約一億二五〇〇万円余の未納分があるけれども、それは被告人の納税努力が足りないというよりも、被告人に早期に現金化しうる資産がなく、かつ金融機関等の借入れも困難な状況があるためであって、被告人は更に納税すべく二つの店舗の処分に着手してそれなりの努力をしていること、国税局も被告人の財産を相当程度差押え、納税に充当すべく保全していると思料されること、被告人は、食肉業を営んでいたころから脱税を繰り返してきたものの、本件のような多額のほ脱行為は、過去にはなく、本件の摘発により過去の脱税による蓄積も相当部分を失うことになること、また、被告人は、本件を深く反省し、違法行為を伴いやすいポルノショップ及びビデオリース業を廃止し、同伴喫茶を法人化してその経理処理につき税理士の関与を受けることとし、再び脱税を行わないようその決意を表明していること等、被告人に有利な事情も認められるので、これらの諸事情を総合勘案して、今回に限り懲役刑についてはその執行を猶予するのが相当であると判断した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑、懲役一年及び罰金二二〇〇万円)

(裁判長裁判官 小泉祐康 裁判官 田尾健二郎 裁判官 鈴木浩美)

別紙(1) 修正貸借対照表

佐藤祐一

昭和57年12月31日現在

<省略>

別紙(2) ほ脱税額計算書

<省略>

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